「CAR-T細胞の研究を始めたけれど、そもそもどうやって作られるのだろうか?」
「作製法や課題について、まず全体像を理解したい」
そう思っている方もいるのではないでしょうか?
CAR-T細胞は、T細胞を体外で遺伝子改変することによって作製される細胞医薬品です。
これまで治療が困難だった一部の血液がんに対して劇的な効果を示し、がん治療に新たな道を切り開きました。
その作製プロセスは、T細胞の採取・分離、遺伝子導入、品質検査といった複数の工程から成り立っています。
本記事では、このようなCAR-T細胞の作製法を中心に、初心者の方にもわかりやすく解説します。
さらに、CAR-T細胞が抱える課題についてもご紹介します。
これらを理解することは、今後の研究方針を決めるためにもおすすめです。
CAR-T細胞とは
CAR-T細胞は、患者さん自身の免疫細胞である「T細胞」を取り出し、がん細胞を攻撃する能力を遺伝子改変技術を用いて飛躍的に高めたものです。
その能力に寄与するのが、T細胞に搭載した「CAR(カー)」と呼ばれる人工的なセンサー構造です。
ここでは、CAR-T細胞がどのようにしてがん細胞を見つけ出し、攻撃するのか、その仕組みを詳しく見ていきましょう。
CAR-T細胞の構造
CAR-T細胞は、細胞の表面に「CAR(Chimeric Antigen Receptor:キメラ抗原受容体)」と呼ばれる構造が組み込まれています。
CARは、主に以下の3つの部分から構成されています。
(1) 細胞外ドメイン(抗原認識部位)
がん細胞の表面にある特定の抗原を正確に認識し、結合する役割を担います。
一般的に利用されるのは、モノクローナル抗体の一部分(単鎖抗体:scFv)です。
(2) 膜貫通ドメイン
細胞の外側にある抗原認識部位と、内側にあるシグナル伝達部位とを繋ぐ役割を果たします。
この部分があることで、CARは細胞膜から離れることなく機能できるのです。
(3) 細胞内ドメイン(シグナル伝達部位)
細胞外ドメインががん細胞を捕捉すると、その情報が細胞内ドメインに伝わります。
これにより、T細胞を活性化させるためのシグナルが細胞の内部に伝えられるのです。
現在主流となっているCAR-T細胞では、基本的な活性化シグナル部位(CD3ζ)に加えて、活性化効果を上げるための共刺激シグナル部位(CD28や4-1BBなど)が追加されています。
この共刺激シグナルにより、T細胞の攻撃能力や増殖能力が強化され、より持続的で強力な治療効果が期待できるようになりました。
CAR-T細胞の作用メカニズム
作製したCAR-T細胞は、病院で患者さんの体内に戻されてがん細胞を攻撃します。
そのプロセスは、大きく分けて3段階です。
(1) 認識と結合
血液中を流れるCAR-T細胞が、CARの細胞外ドメインを介して、標的となるがん細胞表面の抗原に結合します。
(2) 活性化
がん細胞との結合がスイッチとなり、CARの細胞内ドメインからシグナルが発せられ、CAR-T細胞が活性化されます。
(3) 攻撃と殺傷
活性化したCAR-T細胞は、がん細胞を破壊するための細胞傷害性物質を放出します。
その代表が「パーフォリン」と「グランザイム」です。
まず、パーフォリンががん細胞の細胞膜に小さな穴を開け、そこからグランザイムが細胞内部に侵入します。
そして、グランザイムががん細胞を内部から破壊し、アポトーシス(細胞死)へと追い込みます。
CAR-T細胞の作製法:6つのステップ
CAR-T細胞は、患者さん一人ひとりのために作られるオーダーメイド品です。
その作製は、専門の施設で厳格な管理のもと、以下6つの工程を経て行われます。
T細胞の採取(アフェレーシス)
まず、患者さん自身の血液から、CAR-T細胞の元となるT細胞を採取します。
この工程では「アフェレーシス」と呼ばれる方法を用い、専用の機器を使って血液を体外で循環させながら、T細胞を含む成分(リンパ球)を集めるのです。
T細胞の分離
採取されたリンパ球は、CAR-T細胞の製造を行う施設へ輸送されます。
そこで最初に行われるのが、目的のT細胞だけを選び出す分離作業です。
一例として、抗体を結合させた微小なビーズなどを用いてT細胞を選択的に吸着します。
T細胞の活性化
次工程の遺伝子導入における効率を高めるため、分離したT細胞を活性化させます。
これにより、遺伝子が入りやすく、かつ細胞が増殖しやすい状態になるのです。
一例として、抗体を結合させた微小なビーズなどを用いてT細胞に刺激を与え、活性化を促します。
遺伝子導入
活性化したT細胞に、がん細胞を認識するCARを発現するための遺伝子を組み込みます。
この遺伝子の運び屋として、一般的に利用されているのが「ウイルスベクター」です。
病原性を無くしたウイルス(主にレンチウイルスやレトロウイルス)にCAR遺伝子を搭載。
これをT細胞に感染させ、CAR遺伝子を組み込むことで「CAR-T細胞」へと生まれ変わらせます。
CAR-T細胞の増殖
遺伝子導入によって作られたCAR-T細胞を培養し、治療に十分な数まで数日かけて増やします。
品質管理試験
増殖させたCAR-T細胞は、患者さんに投与される前に厳格な品質管理試験を受けます。
これは、安全性と有効性を保証するための最終関門です。
試験項目は多岐にわたり、一例として以下の点がチェックされます。
・無菌試験、エンドトキシン試験:細菌や、細菌が持つ毒素などで汚染されていないか
・生存率試験:細胞が十分に生きているか
・遺伝子導入コピー数試験:1つの細胞に導入されたCAR遺伝子の数は適切か
これらの試験をすべてクリアしたCAR-T細胞だけが、治療が行われる医療機関へ製品として輸送されます。
CAR-T細胞に関する4つの課題
CAR-T細胞は血液がんの画期的な治療法として登場しましたが、さらなる普及に向けてはまだ課題を抱えています。
ここでは、以下4つの主な課題について解説します。
高額な費用
例えば、日本で承認されているCAR-T細胞療法製品「キムリア」の薬価は、1人あたり3,000万円以上です。
この理由は、患者さん一人ひとりの細胞を採取して製造するオーダーメイド品であるからです。
先に述べた通りそのプロセスは複雑で、設備や専門的な人員も必要となるため、莫大な製造コストがかかります。
長い治療期間
プロセスの複雑さは治療期間にも影響し、数ヶ月単位の期間がかかってしまいます。
まず、患者さんから細胞を採取した後、CAR-T細胞が患者さんに投与されるまで約5~6週間かかります。
投与後も、経過観察のため約1ヶ月入院するのが一般的です。
重篤になり得る副作用
特によく知られる副作用が、「サイトカイン放出症候群」(CRS)と呼ばれる症状です。
CAR-T細胞ががん細胞を攻撃する際に、体内の免疫システムを制御する「サイトカイン」が過剰に放出され、全身に強い炎症反応が起こります。
これは発熱や悪寒、筋肉痛といった症状から始まり、重症化すると血圧の低下や呼吸困難などを引き起こす危険性があるのです。
そのため、医療機関ではCRSの症状を早期発見する目的で、看護師が患者さんの状態を注意深く見守る体制を取ります。
一定の再発リスク
CAR-T細胞治療は再発のケースも多く見られ、その原因はがん細胞側・CAR-T細胞側の双方にあると考えられています。
まず、がん細胞側の一因として挙げられるのが「標的抗原の消失」です。
CAR-T細胞は、がん細胞の表面にある特定の抗原(例:CD19)を認識して攻撃します。
しかし、治療中にこの抗原の発現が低下する場合があり、攻撃ができなくなってしまうのです。
次に、CAR-T細胞側の一因としては「細胞の疲弊」が挙げられます。
CARを介した抗原刺激を繰り返すうちに、サイトカインの分泌や細胞傷害を起こせなくなってしまうのです。
その他にも様々な要因があると考えられており、日々研究が進められています。
まとめ
CAR-T細胞の作製プロセスは、T細胞の採取・分離、遺伝子導入、品質検査といった複数の工程から成り立っています。
血液がんの画期的な治療法として登場した一方で、さらなる普及に向けてはまだ課題を抱えています。
CAR-T細胞の作製法および課題を理解することは、今後の研究方針を決めるためにもおすすめです。